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家を出てから五分。わたしは坂の上にあるコンビニを目の前にして、ほうと息を吐いた。
いらっしゃいませー、という若い男性店員の声とともに店内に入る。通路を一つ一つ確認しながら進む途中で、わたしはぴたりと足を止めた。
店の奥のドリンクコーナーの前に佇む、見慣れた背中を見つけてしまったからだ。
高い身長。広い肩。癖毛の黒い髪。
───江波さん。
声は辛うじて出せていたかもしれないけれど、掠れていたと思う。
江波さんがわたしに気付いて振り返る。彼は少し驚いたように目を見開いたあと、白い歯を見せて笑った。
「美緒」
小さな笑窪が江波さんの顔に刻み込まれる。それがわたしを安心させた。無意識のうちに積み上げていた不安が、一瞬にして取り払われたようだった。
わたしは江波さんのところに駆け寄ると、こんな時間にどうしたんですか、と訊いた。
「さっきまで飲み会だったんだよ。二次会終わって解散したとこ」
そう言った江波さんの手にはペットボトルの飲料水があった。知っていた。本当はすべて知っていた。
それよりも、と江波さんは言った。笑ってはいなかった。
「お前こそこんな時間に何出歩いてんだよ。飲み会の帰りなら誰かに送って貰え」
ペットボトルで額を軽く小突かれて、わたしはこくりと小さく頷いた。江波さんにこうして叱られると、わたしは弱い。
はっと恥ずかしいような、悔しいような不思議な気持ちになり、わたしは咄嗟に適当なペットボトルを棚から取った。そうしてすぐにレジに向かい、ペットボトルをレジ台に置いたところで、背後から伸びてきた腕がペットボトルを二本に増やした。
ご一緒でよろしいですか、という店員の問いに、はい、と江波さんが答える。
わたしが財布を開くよりも早く、江波さんがレジ台に千円札を置いた。ありがとうございます、というわたしの声は、不甲斐なくレジ台に吸い込まれていく。
情けなくて、顔を上げられなかった。
江波さんは同じ大学の四年生で、学科の先輩だった。出逢ったのは去年、わたしが入学したばかりの新入生歓迎会の場だった。
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