三、盃で、毒を呷れど胸を張り、誉に呑まれて死を忘却する

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「ここが、俺の家だ」  男が連れてこられたのは、ソクラテスの家だった。襤褸布の内側に過ぎぬそこは、面白いものなどなく、ただ、大きな木樽がいくつも並ぶだけだった。 「この樽は何なんだい」 「こいつらは、宴の酒だ」 「ほう、何酒なんだ」 「こいつらは、俺んところの特製ドクニンジン酒だ」 「ドクニンジン? それは、危ないじゃないか」 「おめえ、自分の頬っぺた抓って考えろ」  ソクラテスがそう言うと、男は素直に頬を抓ろうとした。肉など無い骨の肌だ。抓ることなど、到底できない。 「そういや、俺たちは死んでたな」 「そうだ、だから、ドクニンジンだのヘレボルスだの河豚なんて酒ばっかなんだ。ドギツくねえと、キマらねえからな」  ソクラテスが、錆びた鉄皿を手渡す。そのあと、彼は、近くにあった鉈で樽に穴をあけ、柄杓で掬って皿に注いだ。 「味見だ味見。宴が始まるまで飲んでもいいぞ」  そう言って、自分の分も用意し始める。盃を取り出して、柄杓で掬って注ぐ。男は、そんなソクラテスをチラチラ見ながら、皿に口をつけた。  骨身にしみる快感に包まれる。酒とは違う、至極の心地よさ。フワッとするなどという物ではない。震度五の地震に揺られるような感覚が、男の全身を支配する。泥酔という言葉では表せない、至極の気分だった。 「こいつはいい。たまらない!」 「だろう。死者たるもの、ガンギマリじゃねえとな!」  ソクラテスも盃を呷る。顎の下から汁が流れて、頸椎を伝う。ドクニンジンの流れは、彼の全身まで広がって、次第に沁み込み乾いてしまった。 「かあっ、たまらねえなあ!」  ソクラテスは、盃を樽の上へ乱暴に置いた。それは、男にとって異郷の味だった。正しくは味ではない。舌と共に、味覚など消えた。ただ、直接的に喜びが湧いてくるので、男は一度口にしただけで、この村の「酒」が気に入ってしまった。
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