三、盃で、毒を呷れど胸を張り、誉に呑まれて死を忘却する

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 気がつけば、日が傾いていた。男とソクラテスは、骨の髄まで毒が回って、地面に体を横たえる。 「いやあ、楽しい楽しい。酒なんかよりこっちがいいや」  男は酷く酔っていたが、そこに吐き気や悪心は無かった。昔、学生時代に飲み過ぎで失敗したことを思い出しつつ、それと比較して、この毒がどれほどいいか身に沁みた。 「そうだろう。これがこの村の味。こいつを飲むのが村の仕来り、規則ってやつだ」 「これを飲むのが仕来りなんて、サイコーじゃないか」 「宴の時は、こいつを飲めば飲むほどまわりが盛り上がるんだ。一番多く飲んだ奴が、英雄ってやつだ!」  そう叫んで、また一口酒を流し込んだ。 「お前ら、お天道様も落ちぬのに、楽しそうではないか」  野太い暢達な声が骨に響く。現れたのは、やけに太くて背の高い骨だ。 「よう、アレクサンドロスじゃねえか」  アレクサンドロスと呼ばれた男の右手には、金の盃が輝いている。 「よう、ではないぞ兄弟。日が暮れるんだ、酒は皆で楽しんでこそではないか!」 「おう、皆で飲んだ方が美味いに違いねえ。坊主、樽を運ぶぞ。労働の後の一杯は、何万倍も美味えからな」  ソクラテスが、むくりと立ち上がる。そして、軽々とそばにあった樽を担いだ。 「わかったよ」男は近くの樽を指差す。「こいつでいいんだよな」 「ああ、それでええ」 「よし、俺も手伝おうではないか」  アレクサンドロスは、両肩に樽を抱え上げた。 「ありがとうよ、兄弟。じゃあ、広場まで頑張ろうや」  ソクラテスが胸を張ってテントから出ていく。男とアレクサンドロスも、その後ろに続いた。
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