四、人の真理、痴愚こそ賢明なるか

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 樽を持って、外に出ると、すでに宴が始まっていた。酷く酔っていたからか、男は外の物音に気がつかなかった。骨たちが、盃を交わして談笑する。死者は、歯を鳴らし、乾いた音を響かせる。  ソクラテスは、広場の真ん中に樽を置いた。その瞬間、歓声が上がる。 「おっドクニンジンじゃねえか!」 「ソクラテスだわ。私、あなたのお酒大好きよ!」 「後ろにおるんは、アレクサンドロスか。お前のヘレボルス、楽しんでるぜ!」 「アレクサンドロスの後ろにいるのは新人ちゃんかしら? まだ真っ白で可愛いわね」 「今晩は良い酒が飲めそうですね」  男なのか女なのかも、分からない骨たちが騒ぐ。 「ようよう、皆の者、待たせたな。ソクラテス印のドクニンジン酒が、やってきたぞ」  声だけでなく、腕や脚の骨を打ち鳴らして大騒ぎだ。アレクサンドロスも、他の物と同じように、肋骨を叩きながら、雄たけびを上げていた。男は、すっかりその空気に呑まれ、一緒になって体を叩いた。  自然な流れで、宴に加わった男は、まわりの者たちに勧められて、酒を飲むこととなった。アレクサンドロスのヘレボルスに、ソクラテスのドクニンジン、東条のメタノール、アキレスのトリカブト、松陰のフグ、エトセトラ。数えきれないほどの酒を浴びて飲んだ。それでも、体は満たされない。死後の酔いとは、とめどなく溢れる快感の泉であった。 「トリカブトか。こいつは美味い!」 「そうであろう、我が美酒は、生き返る程の絶品であろう!」  アキレスが、男の背中を叩く。アキレスは、力加減の知らない骨であった。男の身体は、前のめりに飛ばされて、椅子の近くに落っこちた。  生前の癖で、痛みもないのに、打ったところを擦る。男が顔をあげると、椅子の上には、静かに酒を飲む骨がいた。  周りが馬鹿騒ぎしているのに、一人、物憂げに盃を傾ける。
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