四、人の真理、痴愚こそ賢明なるか

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「あんた、楽しくないのかい?」 「もちろん、楽しいに決まっておりますよ」  表情などない故に、分からねど、男の眼窩では楽しいようには見えなかった。 「それなら、一緒に歌って踊ろう」 「そういう気づかいは結構ですよ。私はこの村の長で、すべての賢者というか愚者の女神なのですから」  男は驚いた。こんな自由で、生者からすると無法地帯ともいえるこの場所で、神などという、道徳や規則に直結する、宗教的な言葉を聞くとは思ってもいなかった。 「女神ね。何をつかさどる女神何だい?」 「痴愚です」 「痴愚。痴愚とは何だ? ちぐはぐの略かい」 「痴愚とは、ここの村人のような人たちですよ。果てしなく愚かで、しかし、果てしなく幸せなね」 「へえ、そりゃあ勉強になった。ところで、あんたの名前は?」 「私は、エラスムスと申します」 「ほう、良い名前じゃないか。それでは、俺たちの出会いに乾杯だな」 「ええ、喜んで」  男たちは、高らかに互いの盃を打ち合わせた。
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