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エラスムスと、中身のない話をする男のもとへ、一人の骨がやってきた。右足の骨が折れてない、腰の曲がった骨だ。
「主は、新人だの」
「そうだ」
「どうじゃ、ここと、愉快な仲間たちは」
「そりゃあ、心酔、魂なし大歓迎さ。永遠にここにいたいね」
「そうかね。そいつは良かった。それなら」老人は、手に持った盃を男に手渡した。「こいつは、この村一番のキツイ酒じゃ。こいつを飲み干しゃあ、一人毎の村人じゃあ!」
「よっしゃ、のんでやる!」
男が器を顔に近づける。すると何だか懐かしいニオイがした。心奪われるように神秘的で、だけども、猛烈に危険が漂っている。
体が痺れる。失ったはずの感覚が、わずかに戻ってくる。痛い。痒い。否、言葉などにできない強烈な違和感だ。陽気になっていた男は、一気に酔いが醒めてしまった。
「何だ、これは」
「儂、モーセのドクツルタケじゃ。飲めば一瞬生き返る、通過儀礼の『導きの銘酒』よ」
「導きの銘酒? そんな大層なものなのか」
「まあ、飲んで生きるか死ぬかの、運試しをするだけじゃよ」
「もし、死んだらどうなるんだ」
「主は死んどるじゃろが。生き返ったらの話じゃな。それは、ようわからん。なんせ、儂は死者だからのう」
「よくわからんって、爺さん勘弁してくれよ。あの、苦しい日々に逆戻りかよ」
「だからこその、通過儀礼じゃよ。この村に残りたいと、心から願う者だけが、成し遂げるのう」
「……もし飲まなかったら、どうなるんだ?」
「それは、通過儀礼を放り出した者だから、相手にもされんじゃろう」
男は、盃の酒を見た。白いとろみのある液に、顔が映る。真っ白で、肉のないされこうべだ。
男は、この村に残りたいと強く思っていた。それは、死の世界の快楽を知ってしまったからだ。
甘い酒の香と共に、忘れていた恐怖が戻る。ただし、それは、生前のものとは違う。生の恐怖だ。生き返るのも、生きるのも怖かった。
「嫌だ、飲みたくない。飲まなくても、俺たち仲間だよな!」
「否、通過儀礼を経ぬ者は、仲間ではない」
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