一、鳩杖を知らぬ若人、釈然と茸採りにふける

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 深淵の森は、沈黙に呑まれていた。湿気が多く、木々の影でうす暗い。そこに乾いた音が響く。地面に落ちた小枝や、枯れ葉の崩れる音だ。  音の主は若い男だった。男は力強く地を踏みしめる。ポケットから、スマートフォンを取り出し、画面を見た。そこには、圏外の二文字が白く光る。  彼はここにキノコ狩りに来ていた。だが、道に迷ってしまったのだ。電子機器は役に立たず、方位磁針や紙の地図も持っていない。  だが、呑気な彼は、悠然としてキノコを探すのだった。  地面を見て、木々の間を縫うよう進む。歩き始めて半日。彼の体は、疲労にふらついていた。ただし頭の中はお花畑だ。歩いていれば森を出る。途中で夕飯の材料が見つかればいいなと、愚者の極みである。  まるでそれは採桑老だった。ふらつき歩くことに、無駄な時間を費やしているのだ。 「おや、キノコだ」  そんな男の視線の先に、キノコが生えていた。乙女の生足のように真っ白で長い柄に、つるりと滑らかな傘が載っている。骸のような不気味さにもかかわらず、男は嬉々として近づいた。  柄を掴む。綿のような手触り。男は、どう料理するのか思考を巡らす。むしり取る。根元を肥えたナメクジが、食っていた。  それを見た男は、虫がうまそうに食うのだから、きっと旨いに違いないと思った。そこでナメクジを払い落とし、よく観察する。  惚れ惚れするような白さだった。雪よりも白く、珍妙な形をしている。男は考えた。誰が、これをこんな姿にしたのかと。神が創った、自然の神秘的なのではないかと。
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