二、知らぬ海の不知火は、此の空蝉にむなしく燃ゆる

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 闇の帳に光射す。帳は消えて、周囲の光景が現れた。男の視線の先には、青空が広がっていた。羊雲が群れを成し、右から左へと駆けて行く。  顔をなでる。手が麻痺しているようで、感触はない。  男は自分の身に何が起こっているのか、分からなかった。森の中で白いキノコに出会ったまでは憶えている。だが、その後のことは、切り取られたように覚えていない。  男は頭についた塵芥を払いながら、重い体を起こした。そこは広い荒地だ。砂の海に巨岩の島が浮かぶ、死の世界だった。  困り果てて頭を掻く。その時、男は違和感を感じた。髪の毛がない。ほんの一本も毛がなくて、すべすべした禿山だ。  確かめるように頭を叩く。乾いた木を打ち合わせたような、滑稽な音が響いた。 ――可笑しい。何もかもが、おかしい。  手を見た。やけに細くなり、白くなっていた。まるで森で見たキノコの柄にそっくりだ。  足を見た。表面はきめ細やかで白く、細長い。美脚という言葉が、よく合う足だった。  胴を見た。ダイエットなど必要ない。むしろ、太らなくてはいけない程細い。胸はいくつもの切れ目が入り、やけに風通しが良くなった。 「おかしい……」  不愉快な不安に駆られる。 「オカシイ」  言葉を言う度、タイプライターのような軽い音が鳴る。 「可笑シイ」  口を動かすほどに、不安は消えていく。歯を噛む度、カスタネットを思い出した。 「可笑しい!」  荒野に叫ぶ。不安が全部、空気に溶けて愉快な気持ちになる。  男の身体は骨だけになった。皮膚も、肉も、脳味噌も消えて、空っぽになった。やけに軽くなった骨身に残るのは、ひたすら快楽だけだ。男は楽しくて楽しくてしょうがなかった。  男が躍り出す。自らの体を打ち鳴らし、その拍子に合わせて歌う。彼は、その時、もっとも幸せだった。
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