二、知らぬ海の不知火は、此の空蝉にむなしく燃ゆる

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「寂しい村だね」 「ハハハッ、だろう。だがねえ、おれたちにゃあ、衣食住なんざいらねえんだな」 「ほう、そりゃあ確かにそうだ」  すぐに納得した。男にはもう、苦しみも痛みもないからだ。肉が無くなり、神経もなくなると、痛みがなくなった。痛みがなくなると、死の恐怖もなくなった。結果、楽しくて気持ちよくて仕方がないのだ。 「そういえば、俺たちは生きているのか?」  男は疑問に感じた。体が骨なのに動けている。内臓も筋肉も、生きるためのパーツは全て無くした。自分が動けているのが、非科学的でたまらなかった。 「んなもん、死んでるに決まっとる。生きた体はもっと、重くて、辛くて、不快じゃあねえか」 「それはそうかもしれない。だがね、それは非科学的だよ」 「科学ぅ? そんな頭ガチガチの生者様みてえなこと言ってんじゃねえよ。細けえこたあいいんだよ!」  乾いた村に、親父の声が響く。音は風に流され、ただ空しく消えていった。男は言葉が響く心を失っていた。だが、科学がどれほど馬鹿らしいかは身に沁みた。 「まあそうか」男は自分の体を見る。「これが現実なら、それでいいや」  それは快い諦めだった。もう、彼には肉があったころの懐疑や執着を失い、愚者と化した。だが、この村では愚者になることは、悪いことではない。むしろ、それこそ村民になるための通過儀礼なのだ。 「よし、分かったなら宴の準備だ。おめえの歓迎会でも、少し手伝ってくれや」 「よし、わかった。その前に、お前の名前を教えてくれよ。皆、同じような見た目してるからややこしい」 「ソクラテスだ」 「ああ、ソクラテス。よろしくな」  男は、ソクラテスの後ろに続き、宴の準備を始めた。
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