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美味しい、と感激したようにきいちゃんは言った。彼はその口でブラックのエスプレッソを口に含んだ。シャープな顔がリスみたいに膨れている。可愛いなって思う。この年頃の子をそう思えるくらいには、自分も歳を重ねたなあって思ったり思わなかったりする。
「コーヒーに合う! てか、飲める!」
「よかった」
面白いなあ……ノエルはこんな友達と毎日を過ごしているんだって思ったら思わず安心した気持ちになる。
「これは? 優月にぃの?」
カウンターにはきいちゃんの分ともう一皿ピースケーキが置いてある。皿にはフォークも乗っていて、まるで誰かのためにそこにあるみたい。彼が疑問に思うの分かる。
だけど僕は首を横に振った。
「ううん、僕の分じゃない」
「じゃあノエルの?」
「ううん、ノエルのものでもない」
「えー? じゃあ誰の分なの?」
「これは……ここにはいない人の分」
「どういうこと?」
「旅先でも食べ物に困りませんようにって、お祈りみたいなもの」
へえ、と彼は少し興味がありそうな声で相槌を打った。
「いつもやっているの?」
「ううん……自分で作った時だけ」
言っててなんだか恥ずかしくなる。自然と肩をさすってしまう。
「……作った物を、食べて欲しいなって、思った時だけ」
「優月にぃ、顔赤い」
「……気のせいだよ」
笑ってごまかしたけど、聡明な彼はなにかを感じ取ったに違いない。僕ってこういうところがスマートになれないからダメ。ここにマダムがいたら笑われてしまう。
「でもこれノエルのために作ったでしょ」
きいちゃんがなにかが含まれているような笑みで言った。
「……どうして分かったの?」
「いちごまみれだもん」
僕は破顔して正解、と右手の人差し指と親指で丸を作る。きいちゃんがなにその仕草可愛い、と呟いたのを、そっと聞き流した。
「喜ぶかなって……なんか最近、ノエル、なにかに思い詰めてるみたいだから」
「やっぱりそう見えるよね。俺にもそう見える」
思いがけずきいちゃんが賛同したので、僕はちょっと驚いた。
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