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その髪は不思議と青色だった。
光が当たると、まるで月に照らされた明るい夏の夜空のように濃紺に輝く。
その一瞬を見てから退屈な通学路がその姿を見るために存在するようになった。今日はいる、いない、いる、いない……なんて花占いみたいなことを思いながらいつも……いつも店の中を覗き込んだ。絵本ばかりが並んだ本棚の隙間から見えるカウンターに、あの濃紺のきらめきが認められた日は、学校でどんなに嫌なことがあっても幸せな一日だったって思えてしまう。
見るだけでよかった。よかったはずなんだけど。
人間ってやつは強欲だなって自分でも思う。でもばあちゃんがよく言ってたんだ。
チャンスをものにしなさい、って。
……雨が降ってたから。
口実は雨宿り。『ことりの絵本店』の軒先で、雨降り空の様子を見るふりをしながら、ちらちら店の中を覗き込んだ。はたから見たらものすごくダサいかもしれない。でもそんなこと考えられなくなってしまうくらいその青色の髪の人のことばかり考えてしまう。
どんなふうに喋るんだろう、どんな目をしているんだろう、どんなふうに笑うんだろう……まるで想像できない。見えるのはいつも遠巻きの横顔や後ろ姿だけで、服装はいつも学ランの上に真っ白のエプロンだった。背格好は明らかに中学生ではない。だとすると高校生になるんだろうけど、学ランの高校なんてこの界隈にあっただろうか? もちろん同じ高校ではない。背は高めで柳の木みたいにすらっとしている。話してみたい。声をかけてみたい。そう思うのにいざそういうシーンを思い描こうとすると、どうも尻込みしてしまう。
下唇を噛んだ。頬が上気している。雨なのに。
ねえ、想像だけでこんなに体が火照ってしまうなんて、俺って大概気持ち悪くないだろうか。優月兄さんならそんなことないって応援してくれるかな。カケルは絶対馬鹿にするからあいつにだけは黙っていよう。ムカつくし。もしここにばあちゃんがいたら、さっさとアタックしてらっしゃいってケツを蹴られるに違いない。もうこの際誰でも良い。ケツを蹴ってくれ、あの人と話す勇気を俺にくれ……。
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