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「今日のきいちゃん可愛い」
僕は笑った。きいちゃんは嬉しそうに笑って満足そうに頷くとまた椅子に座り直す。ドレスに皺がつかないように気を付けて座っている。自然とこういうことをしちゃうんだから、きいちゃんはやっぱり根はおしとやかなんだよなあ。
「今日はノエルがいないから、今一番気に入ってるコーデで来たの」
僕は彼から向かってほぼ正面にかかっている掛け時計をちらりと見た。確かにいまの時間帯だと、ノエルは下校中か高校を出たくらいだろう。
「ノエルと喧嘩でもしたの?」
「ううん、優月にぃと二人きりになりたかったの。ノエルがヤキモチやくでしょ。俺の兄さんになにすんの! って顔するし。あいつ自分では気付いてないけど分かりやすいから。それに今日はお店もお客さんが少ない曜日でしょう? そう思って高校バックれた」
あまりにも清々しいのでつい吹き出してしまった。こういう子は嫌いじゃない。
それに僕と二人きりになることと高校へ行くことを天秤にかけて、僕の方を選んでくれたのはとても光栄だ。この可愛い男の子に、なにかあげたくなってしまう……と、そう言えば冷蔵庫に試作品のお茶菓子があるのを思い出した。ちょうどいいや、と思って冷蔵庫に向かう。屈んだら後ろに束ねている腰上ほどの長い真っ直ぐな黒髪が前の方へ落ちてきた。ちょっと邪魔だけど邪魔すぎるほどではない。片手で髪を梳きながら、彼に見えないようにチョコレートのホールケーキを持っていく。
中にストロベリーのホイップクリームを入れてみた。上には刻んだ苺のグラッセとラズベリージャム。いちごが好きなノエルが気に入るかなって思って作ったけれど、さすがに全部は食べられない。でもつい作りすぎてしまう。以前はワンホールのケーキを作っても2、3日でぺろりと平らげてしまう人達が僕の周りにはいた。その感覚で何を作るにしてもつい作りすぎてしまう。
きいちゃんは頬杖をつきながら僕のことを見つめているみたいだった。視線を感じる。ヘーゼルナッツ色の瞳が恍惚に満ちた顔になっている。
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