1.この豚っ!

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 顔だけでも見てやろうと、僕は、視線を左にスライドさせる。長い、黒髪。甘い、フローラルの香り。シャンプーの匂い。なんだ? 女か? 白い肌に、ピンクの唇が映えて、芯の強そうな瞳、でも円らで真っ直ぐで、すごく……まつ毛が長い――。その容姿だけにでも、圧倒されてしまった。しかし、驚いたのは、それだけじゃない。そこで返ってきた、彼女の言葉すらも、あまりにも衝撃的だったのだ。 「この豚っ!」  頭を鈍器で殴られたかと思った。言われた言葉からの、怒りでではない。むしろ、言葉には何の憂いもないくらい、彼女に心を奪われてしまった。  僕は、この状況に、ひどく混乱していた。怒りと、ふたたび出会えた喜びが、入り混じるような、そんなデジャブが襲ってきたからだ。この感情は、豚扱いされたから? いや、何かの想いが、入り組んでいるような気がして、ならなかった。 僕は重い足取りで、教室に戻っていった。何かを忘れている。そう、忘れていることも、忘れているような、何かを。でも、思い出せないのだから、仕方ない。  そのことを思い出すには、時間もかからないことだろう。それというのも、その一つの答えの主が、瞳を輝かせて、待っていたわけだから。 「サダメぇ! 戦場の盾の鉄壁の護りをかいくぐり、俺のために、火の中、水の中! 俺への御礼のブツは手に入れてきたのか?」 「あーっ!」     
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