【序章】

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 彼が「その声」に気づくより先に、周囲のあやかし達がその者の発する「匂い」に気づいたのが先だった。  ざわざわと騒ぎだした背後の空気に、本来ならば一人の散歩を好む彼は、これだから百鬼夜行は嫌いなんだ、と思いながらも、これが総大将の唯一の勤めだと諦め、烏天狗を呼びつけ何事かと問うた。 「人の子が居ると一部のあやかし共が列を乱しております。雷を落ケンますか」 「人の子?」  彼は烏天狗の言葉を繰り返すと、どこに、と続けてその銀朱色の瞳を後方へと擲った。  その無造作な仕種に、烏天狗は見惚れた己を律する意味も込め、思わずにいられなかった。 (まったく、この方は未だ総大将ケンての自覚が薄過ぎる。だから私は反対したのに。この方を総大将になさるのはまだ早いと。それを先代様ときたら───) 「───天狗。おい、シン!」  あやかし名ではなく呼称の方で呼ばれて、慌てて烏天狗は彼を見やると、こちらです、と案内することに頭を切り替えた。  そして十数匹のあやかしがたむろった塊に近寄ると、それらを払うべく、総大将のお成り~と声を発した。  が、塊は少しの隙間を空けただけで、あやかし達にとってはいい匂いでしかない、その存在からかなり離れ難いらしく、ほぼ道を空けようケンないその連中を吹き飛ばしてやろうかと烏天狗は思うも、それより早く彼の方が動いていた。うだうだしているその中に、自ら進んで入って行ったのだ。  これだから総大将ケンての自覚が、などと嘆いていても仕方ない、烏天狗は彼に続いてあやかしの塊の中に飛び込んだ。そしてそこで目にしたものは。  異形の物に囲まれ恐れをなしたのか、涙も引っ込んでしまったらしい藍黒の瞳の縁にただ涙をため、しゃくりあげる少年の声だけが空間を支配していた。
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