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「明日にはあの村もないってことか。また河岸替えだな。今度は何処へ行く気かな」
「これから暑くなるので、北の方なんかいいんじゃないですかね。遠野とか」
「コウは好きだな、あの田舎が。俺はあんま食べ物が美味しくなくて好きじゃねぇのに。けどあっちのあやかし共は好きだ。引っ込み思案だけど馴れると懐っこいのが多くて」
「誠にとってあやかし達は、友達のようなものなのですね。ならばこの子供にも友達を作っておやりなさい。あなたが責任もってこの子の面倒を見ると言うなら、白には私から言ってきかせましょう」
「本当か!? ありがとう、コウ! 良かったな、賢悟。おまえ、魂盗られないで済むってよ」
劫の膝の上で劫に優しく髪を拭かれていた気持ちよさに、何も考えられずにいた賢悟は、肩を揺すられ軽い眠りから醒めたような心持ちで目を開けた。
すると、見間違いではなくこの世のものとは思えない、美しきあやかしの顔が再び自分の瞳すら写しとらんばかりに近くにあって、子供と言えども赤面しかけた。
この日、夕方の刻限迫りし頃、母が死んでから一年ほど面倒を見てくれた家主に、理由も告げられずただ屋敷から追い出された。
自分は何か悪いことでもしたのだろうか。
言いつけは全て守ってきたつもりだ。手伝いは惜しまずやってきたつもりだ。
それでもやはりたまに台所の隅で、普段は使われていない部屋の角で、人でも虫でもない小さな生き物を目にしてしまうと、構わずにいられない。
その姿が他の人にはおかしなものに映るらしいと分かっていても止められなかった、恐らくはそのせいだろうかと思い悩んだ時、「その物達」に道幅いっぱい塞がれた。
それまで昼に、夕刻の狭間に垣間見ていた連中とは、様子も大きさもあまりに違う異形の物達に囲まれ、助けを望む声さえ忘れた自分の前に、現れた出でた美し過ぎた生き物。
赤一色の着物を纏い、瞳の色すら赤く染まって見えた───実際、彼の瞳は赤だったのだが───、この美しい生き物も人間ではないのだと、判断は出来ていたが理解出来ないでいた賢悟だった。それくらい彼はただ美しいだけの青年にしか見えなかったから。けど。
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