8人が本棚に入れています
本棚に追加
こんなに白い肌の人間がいるわけがない。赤い血が通い、陽の光を浴びた人間の肌なら、もう少し色味がかっていなければおかしい。
そしてどうだ、頭に月を戴いたような彼の髪色は。こんな色は見たことない。いっそ禍々しいまでの神々しさを放った色など。
けれども自分は一瞬にして、彼に見とれそれまでの恐怖も何もかもを忘れて、ただ彼だけを見詰めてしまった。
その目がどうやら彼の気に召したらしい。連れて帰ろう、青年はそう言い、自分をあっさり片手で抱き上げた。
途端、背後にいた烏天狗は───この口煩いのは烏天狗のシンだと教わった───、何やら恐ろしげな言葉で青年に向かって苦言を呈したが、賢悟の耳には全く入ってこなかった。
それくらい、青年の美しさしか、賢悟の心に入ってこられなかったということだ。そして。
青年は空を翔んだ。否、歩き出した。
普通に地面を歩くリズムで、青年は空を歩いて渡ったのだった。
賢悟は眼下に広がって見えた世界に、今度は魅了された。
すると青年もそれに気づいたようで、気に入ったか? と賢悟に問うてきたから、賢悟は素直にこくこくと頷いて見せた。
すると青年は笑って言った。自分も初めて空を渡った時、全てを手にしたかのような快感を得たのを覚えている、と。
賢悟には難しすぎてその意味は分からなかったが、それでも青年の首に回した腕の隙間から、青年の顔を見上げ見ると、青年はさらに深い笑みだけを賢悟に降り注いでくれたから。
賢悟は、これでもういい、と思えた。
母を亡くし、天涯孤独の身の上になるも、駒使いケンて引き取ってもらえた家があったから、今日まで自分は生きこられたが、母が亡くなった時に自分は死んでてもおかしくなかった。
それなのに今日まで生き延び、最後にこれだけ美しい生き物に出逢えたのなら、自分の人生、悪くなかったと、そう思っていたのに。
最初のコメントを投稿しよう!