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【08】
門間賢悟が己について語れるのは、七つの歳からでしかなかった。
両親は賢悟が七つの時に事故に遭い、そのためそれまでの記憶が無くなってしまったのだ、といつも同じ説明をくれたものだが、それを丸ごと信じていられたのは、十代前半頃までの話、今や十七になろうとしていた賢悟には、それが両親の用意した嘘だということだけは確信していた。
なぜなら、自分は一体どんな事故に遭ったのかと問うた時の両親の、曖昧な態度───思い出す必要はないから気にしなくてよいとしか言ってくれない埒のない態度───からも悟れたし、何より自分の中での違和感が消えぬ日がなかったことが一番大きい。
恐らく自分はこの両親の実子ではない。七つまでの自分は何処か別のところで育てられて、何かの拍子に記憶を失ったのを期に、この両親に引き取られたのだろう。
自分の本当の両親と交流があったのか、全然違う経由で引き取られたのかは想像つかないが。
だがこの両親は本当に自分に良くしてくれていたので、二人に対する不満は何一つなかったから、二人を困らせるようなことは自分でもしたくないという自重はあった。
けれども時折、どうしても自分の本当の出生について、尋ねてみたくなる衝動を抑えるだけで精一杯な気持ちに襲われてしまう時、賢悟は覚えたての郭へと逃げ込むようになっていた。そうして我を忘れてる時しか、心の平穏を感じることが出来なかったからだ。
武家の跡取りも十七ともなれば、それなりのしがらみがないわけではない。
とはいえ大名筋の武家ではなかったので、幕府の要請に逐一従わされらることはなく、せいぜいが地元の大名家の呼び出しに馳せ参じる程度で、武士の暮らしそのものはさして苦痛ではなかった。
だがこの生活が自分が死ぬまで───軽く見積もって後4、50年ほどだろうか───続くのかと思うと、ふと虚しさを感じることはあった。
そんな自分の疑問を同じ中流武士階級であり、この土地の剣術を継いでいる縁で道場も開いている、同じ年の跡取り息子に一度こぼしてみたところ、彼はひどく真面目な顔で考え抜くと、ケンは───彼は賢悟のことをそう呼んだ───、早くに嫁を貰って子供を持つといい。そうすれば人間は一人で生きているのではない、人と繋がってこそ人は人になれるのだから、と、何やら人生訓めいたものをもらってしまった。
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