【08】

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 実際、賢悟には十二の歳に決めれた許嫁なら居た。  相手が十六になったら祝言を挙げる約束だったが、最近になって相手の家が、賢悟との祝言を渋っていると言う話だった。  恐らくは賢悟の郭通いが、相手の娘の耳にでも入ったのだろう。  そんなこともあって賢悟のことをケンと呼び、自分のこと以上に他人の心配ばかりしてしまうお人好しの藤近という男は、ケンに生活を改め今からでも許嫁の機嫌をとってとって取りまくれと助言をくれたが、賢悟にはむしろこのまま祝言が流れてしまえばいいとしか思えなかった。  だがその思いは恐らく己を引き取って、何不自由なく育ててくれた両親の期待を裏切るものになるのだろう。跡取り息子を探して引き取ったということは、その後の子子孫孫を願ってのことなのだから。  だが両親は賢悟の郭通いに寛容だった。どころか母親は言った。  自分達はおまえを育てたかっただけ。ただおまえという存在が自分達の側に居てくれればそれでいい。だからおまえはおまえの好きなようにお生き。  そこまで愛しがられ、優しく求められ、見返りなく望まれていることを有り難いと思いはしたが、賢悟の心の奥底にまで届く決定打にはならなかった。  なぜ自分はこんなにもここに「馴染め」ないのだろう。  むしろそんな思いが強くなるばかりで、かけがえのない親友である藤近の言葉すら、賢悟の錘になれることもなく、その日も郭通い明けの道を歩いていた賢悟だった。  その背を見送っていた一つの影。それは今しがた、賢悟が暇を告げた郭の二階窓の一角から、深緑色の着物を羽織って、粋に流した煙管の煙を纏いながら、その部屋へ戻ってくる女を待っていた男が一人。  賢悟を見送って戻ってきたその女は、宛がわれた自室にその男が居座っていたことに動揺の欠片もくれることなく、髪を束ねるのに使った簪を無造作に抜き取ると、間違いないね、と思ったよりも低い声で言った。 「あの男、微かだけれど、確実にあやかしの気配を纏っているよ。年々薄くなっていってもおかしくないのに、むしろ最近では自分から我等あやかしの気配を纏おうとしている。そもそも普通の人間だったら、一度抱いたら二度目にあたしを指命しようなど思わないものを。あれがアンタの探してた青年かい?」
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