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時が止まったかのようなその場に残ったのは、姉と自分と不思議な男の三人だけだった。そして。
彼は姉へと駆け寄り、その体を抱き起こした。けれども姉はその美しい瞳を開けることも出来ないまま、気力だけで言葉を紡ぎ言った。
ごめんね。ごめんね、せいちゃん。そしてごめんなさい、狐さん。私、貴方のお嫁さんになるのは無理みたい。
けどお願いです。私の代わりにこれからは、せいちゃんを守ってください。あやかしさん、お願いします。こんな私の体で良ければ、食べてしまってかまわないから───。
何を言っているのかさっぱりわからなかった。わからなかったが、食べてしまっていいから、その言葉だけは彼の胸にしかと届いた。
ゆえに彼は碧色の髪を持った男を見上げた。だが男はただゆっくりと首を横に振っただけで、彼の危惧を払拭してくれた。
けれども彼が安堵の気持ちに包まれたのは一瞬のこと、今度はなぜ姉の体が動かなくなり、気のせいか冷たくなっていくように感じるのはどうしてなのか。
あれだけ美しかった姉の顏は殆ど、血の赤に塗り染められていた。
畳に力なく放り出された両腕。その内腕の白さは殆ど透明に見えた。
姉は何時の間にこんなに白く細くなってしまっていたのだろう。
一緒に暮らしていて全く気づいていなかった。
血を吐くほどの病を身に宿していたことすら、彼は知らなかった。
肺病。伝染する病。黙っていれば自分には移らないとでも思ってのことだろうか?
けれども村の住人はそうは思わなかったらしい。己達の所業は棚上げで、血を吐いて倒れた姉を、彼等は見過ごさなかった。そして弟共々焼き払い浄めてしまおうと考えたのだろう。
彼は姉の死を受け入れる代わりに、姉と共に死ぬことを選んだ。村人を恨む気持ちすらなかった。むしろ姉と共に逝ける機会を作ってくれたことに感謝すらしたいくらいだった。だが。
碧色の髪の男がそれを許さなかった。男は少年の腕を軽々と引っ張り上げた。
けれども少年は男の腕を力いっぱい振り払うと、全身で姉の体を抱き締めて離すまいとした。
そんな彼の行動に男は溜め息を一つくれると、今度は彼と姉の体を重ね合わせたまま抱き上げた。そして。
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