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その後のことはよく覚えていない。
いや、そもそも全てを忘れさせられていたのだろう、自分は。
けれどもここまで思い出してしまった以上、もう忘れてはいられなかった。
誠は意識を取り戻すやいなや、姉上は、と己の枕元に居るだろう男に向かって言った。
すると男も何かしら感じ取るものがあったのか、戸惑うことも躊躇うこともせずに、眠ってるよ、と優しく言った。
「鞍馬山の桜が綺麗な土地で今も眠ってる。人間は誰も入って来られないが、春ともなれば鞍馬天狗共が賑やかに集うし、普段も物静かに過ごしたいあやかし共の憩いの場だ。寂しくはないだろうよ。おまえだって幾度となく訪れてる。ここも鞍馬山の一角だ。起き上がれるようになったら連れて行ってやるよ」
だから今はまだおとなしく寝ていろ。そう白に言われて誠は、朧気に自分は怪我をしているのか、と察することが出来た。が。
「おい! 何してんだ、まだ起きるな馬鹿!」
左半身に激痛を覚えた。特に肩から背中にかけて走った痛みは、誠の顔色を一気に土気色にさせたほどだった。
だが誠は起き上がらずにいられなかった。こんな痛みがなんだと言うのだ。姉は、姉上は。
「姉上の、元に───」
「───この、馬鹿が!」
言いたいことがあったのはこっちの方だ。誠が意識を取り戻したら、もう二度と誠のわがままも勝手も許さないつもりで説教をくれてやることだけを考えていた白だったのに、目覚めた誠は誠でありながら誠ではなかった。「誠」になる前の人物だった。だが自分にとっての誠は、どの誠だってかまわなかったから。
白は誠を抱えあげると、静かに、けれどもあっという間に誠の姉が眠る場所へと連れて出た。
桜の季節にはまだ少し早いその土地はやたら静かで、けれども存分に生命力の満ちた土地だった。
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