【07】

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 誠の瞳から無意識に、透明の雫が溢れて流れた。姉の名を呼ぶ必要すら感じなかった。 そうだ、自分はあの時、この男と共に清めた姉の体を、この地に横たえてやったのだった。ただ自分のためだけに生きてくれた、姉を労うために。  彼の姉───房恵が自身の体の病に気づいたのは、彼女が十八になった頃のことだった。そしてその時、房恵の弟であった誠は、まだ十二にもなっていなかった。  房恵はこのままでは死んでも死にきれない、否、ただ強く死ねないと思ったらしい。  この子を残して死ぬなんて出来ない。この子とまだまだ一緒に生きたい、と。  自分の死よりも年端もいかない弟一人を残していくなど出来ないと、思い詰めた房恵は百鬼夜行の日、寝ている誠を抱えて家を飛び出していた。  半ばまともな判断が出来ない状態にあったとしか思えない。  実際、白は人間ごときである房恵に呼び止められた瞬間、無視することも一睨みで終らすことも出来なかったくらい、彼女からは鬼気迫るものを感じたと言う。  そして房恵は白に臆することなく申し出た。自分の体を貴方に差し出す代わりに、この子が大人になるまで私をこの子の側で生かして欲しい、と。  白はその思いに応えることにした。その証文として、白は房恵に口約束をくれた。 「おまえは俺の嫁だ。あやかしだけでない、死すらもおまえを自由にはさせない。約束だ。こいつが大人になるまで、この約束は有効である」と。  そうして房恵は病に侵された体ながらも、普段は何事もなく誠と共に生き続けた。そして誠が十六を迎えた夜、房恵は白を呼び出し言った。  自分はもう充分にこの子と共に生きれた。思い残すことがないわけではないけれど、欲を言い出したら切りがないから、ここで自分との契約を終わらせて欲しい。私を貴方のお嫁さんにしてください、と。  だがその頃には白の方が、この姉弟に掴まってしまっていた。  健気に生きる姉に、その姉を支えることを生き甲斐としている弟。  それまで人間になど興味を覚える気すらなかったのに、時折、人の姿に紛れて遠目で二人を眺めやることが、密かな楽しみにすらなっていた白だったから、房恵の言葉に返して言った。
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