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 そうして閉じた本の表紙を撫でた慧。まるでそこに境がいるかのように。  実際、境は人間の体を手に入れてからと言うもの、なに食わぬ顔で人に紛れては、新たな生き方を楽しんでいた。  そしてたまに劫の里へ戻ってきては、人間の話やこうした土産物を欠かさず彼等に配ってくれた。  もっとも白と連だけは、興味ないと言って一度として受け取ったことはなかったが。  慧は語りを続けた。 「だから人は恐れ、争い、己の命にしがみつくのだ。それが彼等の定めなのだろう。彼等もそんな定めに従って生きているだけの矮小な存在だと思えば、そう腹を立てることもないと思うがな?」  慧の言葉に少し納得させかけられた連だったが、常々考えて続けていた持論があったため、すぐに反論の言葉を紡いだ。 「そんな定めに従うしかないしがない存在なら、それこそ居なくなっても構わないと思わないか? 人間など滅ぼしてしまえばいい。世界を俺達異形の物達のものにしてしまえば、二度と人間ごときに不覚を取ることもないものを。なのになぜ酒呑は───劫はそうしない? 俺達を遣りにきた人間共の体を乗っ取り、しばし人の振りして帝だの陰陽寮だのを欺き屠っていたあの頃のように、人間など片っ端から葬ってしまえばよいものを───」 「それで、今度はあやかし達の間で対立が生まれればいいと?」  口を挟んできたのは劫その人だった。にこにこと罪など欠片も知らぬような笑顔を張りつけた貌は、人の体を手に入れてからの彼の習い性となっていた。その後ろには相も変わらず茨木童子改め白の姿。  連とて酒呑童子だった頃から、彼には一目置いていたから、劫につき従うことに異論はない。が、片時も劫の側を離れない白にはいつもうんざりしていた。  茨木童子と酒呑童子だった頃の比ではない寄り添いよう。連にはそんな劫と白の距離感も年々気に入らないものとなっていた。  そんな反発心が自身も知らぬ間に降り積もり、加えて昨今は人間達を屠りに行くこともなく、要は連は色々な角度から不満を溜め込んだ結果、一番悪いのは愚かな人間共だと思想が落ち着いたに過ぎない。  以前、鬼であった頃のように、ただ破壊衝動のままに体を動かしたい。それだけだろうと言われてしまえばそれだけだった。人間を怨む気持ちは本物だったが。  劫はにこにこと笑いながら、諭すように連に言った。
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