【18-終りと始まり】

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【18-終りと始まり】

 陽が昇り切った頃、賢悟と誠嗣は連れ立って人里へと降りて行った。  小高い山裾から見た限り、その村は賢悟の住んでいた村と思われたため、畦道を歩きながら自分の家へと向かっていた途中、藤近道場から聞こえてきた朝練の声に、思わず顔を覗かせてしまった。途端。 「……ケン? ケンか、おまえ! この、一年もどこへ行ってやがった! 親御さんには会ったのか? これから? 馬鹿野郎、先ずは何があっても親の顔を見るのが先だろうが! おう、おまえ等! 今日の朝練はいつも通りやってろ。ほら、行くぞ、ケン!」  藤近に引っ張られるようにして、賢悟は己の家へと急がされた。だがその間にも、不思議に思ったことを訊いていた。 「おい、マサ。雅義。さっき、おまえ、何て言った? 一年が、なんだって? 俺は一年、行方知れずだったのか?」 「あぁ。なんだ? それこそなんでおまえが知らないんだ? まさか浦島太郎じゃあるまいし、竜宮城に居て時間が経つのを忘れてたとか言う気じゃないだろうな?」  藤近の返しに賢悟は首に振り、その逆だ、と嘯いた。 「俺の記憶ではこの村から総と共に去ったのは、昨日の話でしかねぇ。なのに、一年? おい、これはどういうことだ、総嗣……総嗣?」  賢悟の手から総嗣の指が滑り落ちた。振り返って見た総嗣の顔は、青褪めて微かに震えていた。 「おい、総嗣?」  立ち止まってしまった総嗣に賢悟が寄り添い立つと、総嗣が賢悟の袖を掴み、劫の仕業に違いありません、と小声で言うも、それ以上、何も語ろうとしない総嗣の肩を掴み、とりあえず賢悟の家へと向かった。  そして玄関の敷居を跨いで現れた賢悟に、両親は賢悟にしがみつきながら泣き崩れ、賢悟が戻ってきたという噂を聞き付けた村人達も次々と押し寄せ、神憑りな出来事に誰もが信じられないくらい友好的に、否、喜び勇んですらいるように見えた。  原因は藤近も交えて語られた、あの山狩りの後の出来事にあったらしい。  男衆が山狩りに興じていた間に、蘭学医の男と、男が賢悟を「犯人」だと断定するに至った煙管が消えていることを指摘した藤近は、賢悟の人となりを語り、村の人間全員に思い出させた。本当にあのケンがそんなことをすると思うか、と、あの力強い声でもって。
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