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満を持しての賢悟の求愛に、誠嗣はふわりを花綻ぶように笑うと、定形句を口にした。
「ふつつかものですが」
「それだけわかってりゃ充分だ」
それから幾年が過ぎた頃だろうか。賢悟はふと、己の視界に、あやかし達の存在が映らなくなっていたことに気付いた。それを総嗣に尋ねたところ、ぽろぽろと総嗣が涙をこぼし出したので、訊いてはいけなかったことなのだと慌てて忘れてくれと胸の内に閉じ込めたが、総嗣は首を振り、賢悟と話が出来るだけの距離を空けると、賢悟の群青色の瞳に向かって言った。
「俺等がここへ戻ってきた際、ここでは一年の月日が経っていたじゃないですか。その一年はきっと劫が、あやかしの種を回収するのに必要だった年月だったに違いありやせん。そしてあの傷男もきっと……。劫がその気になればきっとそれくらいやって除けたに違いありません。白や新もきっと力を貸したでしょう。だからもう二度と百鬼夜行の夜は、やってこないんです。あんたの群青色の瞳の中を過ることが出来るのは、元あやかしの俺だけでさぁ。ケンはそれを寂しいと思いやすか?」
言いながら賢悟の頬にそっと己の指を這わせ、徐々に群青色の瞳を求めて総嗣の指が伸びてきた。そこに映っているのは恐らく、望月色した丸い頭の持ち主。銀朱色の瞳の底が、残った涙でたゆたっている。
そうか、俺の見ている世界は今度こそ本物の世界なんだな。
賢悟はそう総嗣に返すつもりで、総嗣の唇をそっと拐うと、
「俺にはおまえが居てくれればそれで充分だ。けどただ消えちまったあやかし共には悪いことをしたな。なぁ、総嗣。おまえもまだあやかし一匹一匹の姿、名前、覚えているんだろう? どうだ? 俺と一緒にあいつ等を俺達で飼ってやるってのは。墨と和紙をたくさん用意しようぜ。どっちが上手く描けるか勝負だ」
そうして彼等は後の世に、伝記、伝承、民謡、民話として語れ継がれる存在となった。
【Fin.】
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