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「な、ナン、デ」
同じ位かすかな、大きな戸惑いを表す人に似た何かが発する声のような音。
その『何か』は訳が分からなかった。
自分が見た限りでは外套の中に銃のようなものを隠し持っているような気配はなかった。
万が一を警戒していた硝煙の匂いも当然なかったし、何より相手は女の子供だった。
なのにどうして振るったはずの自慢の爪は柔らかい肉を抉っていないのだろうか。
自分はこうして人気の少ない路地裏に倒れこんでいるのだろうか。
腹はべっとりと自らの血で濡れているのだろうか。
どうして少女が見下すように月をバックに佇んでいるのだろうか。
そこで獣はある記憶を唐突に思い出す。それは村人が人狼と呼ばれる人外の獣を恐れて吹聴するのと同じように、人外の者達が恐れる存在がいた事を。
「マ、サカ」
しかし何かが全てを言い終わる前に、今度は木々に遮られる事のない音と衝撃が辺りに響き、少女の外套がふわりと揺れる。
― 狩人はオオカミを退治し、腹を裂いて赤ずきんを助けました。めでたし、めでたし ―
それはある時は人々に存在を知らしめるように童話にひっそりと残され、闇夜に紛れて人を守る。
『けれど本当は、オオカミを内側から裂いて倒したのでした。傍らにいた、狩人が持つ猟銃に似た、猟犬とともに』
少女の影はいつの間にか夜の空のように真っ黒で、細長い銃のような黒い犬を象っており、少女が握る手には鈍く光る片刃のハサミのような刃物が握られていた。
気を付けた方がいい。タブラの人狼を狩りにやってきた、赤ずきんと、番犬を。
どこかで獣の咆哮が聞こえてくる。
しかし少女は怯える様子もなく、空を眺めている。まるで次の獲物を探す、狩人のように。
-END-
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