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そこまで言って、エリザベートはため息をついた。
貧乏な国で、評判の美人姫でもないのだから、なんとか無事に結婚式を終えないと。
「それから」
マルセルにむかって、エリザベートは言った。
「エリザベートって呼ばないで。いくら印象が薄いっていっても、名前で王族って気づかれたら困るもの」
「他の呼びかたねえ……」
「よく呼ばれるのは、リズとかベスかしら」
やや黙ってからマルセルは言った。
「リジーでどう? 元気そうで、イメージにもぴったりだ」
「あ、それ、いい!」
エリザベートなら、リズやべスという愛称が一般的だ。ただ、リズはテキパキとした感じ、ベスはおとなしそうでどうも自分のイメージとはかけ離れている気がしていた。
リジーは考えつかなかった。いい呼び名だ。
こうして、ブルーテ王国の王位継承権八位の王女エリザベートは、町娘リジーになった。
帰るのが遅くなると、騎士たちが捜索隊を結成するかもしれない。
夕方までに一度城に帰ったほうがいいだろう。
「とにかく、今までの話の流れを整理するわね」
マルセルの部屋で机とペンを借りると、紙に経緯を書きこんでいった。
「先週、東の大国オーステン国から首飾りが届いたの。つまり借りてるわけね」
エリザベートは馬車で届けられたところも、宝物庫に納めるところも見ている。
「次の日、ドレスと合わせるために宝物庫を開けたら……私の宝石はもうなかったの」
宝石箱の中は空だったのだ。
「お城の中は大騒ぎになったわ。何度も大臣たちが会議をして、捜索隊が結成されたの。彼らが何日も探したけれど、いまだに私の宝石は見つかっていないの」
捜索隊が見つけられないものを、リジー一人が探して見つけられるかは分からない。でもリジーはなにかせずにはいられなかった。お城でじっと待っているのは性に合わない。
「ちょっと待って」
マルセルが言った。
「リジー、ずっと『私の宝石』って言ってるけど、よその国の家宝だろ?」
「でも! 夫の物は妻の物!」
「まだ結婚していないのに」
もっともなことを言われて、エリザベートは黙ってしまった。
「じゃあ、何年か後には私の宝石?」
「リジーの宝石なんだったら、弁償しなくていいと思うけど」
それもそうだ。
エリザベートは首飾りが盗まれたときから、まるで自分の宝石が盗まれたというような怒りを抱いて行動していた。
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