第1章

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「ああ、それで、俺か……」  くしゃっと指で髪の毛をかきあげながら、マルセルは浮かない表情になった。 「まあ、さっきのパン屋のおじいさんみたいに分かってくれてる人もいるしね。噂なんて気にしないほうがいいと思うけど」  エリザベートは慰める口調で言った。噂を鵜のみにした自分が言うことでもないかもしれないけれど。 「カッスルロッシュが首からゴンドラをさげているでしょう? あれが人身売買をしているように見えるんじゃないかしら」  先ほどドラゴンに乗って思ったことをエリザベートは話した。 「ゴンドラには荷物しか入れてないよ」 「分かってるわよ」  無責任な噂を流したのは自分ではないが、マルセルに伝えたのは自分だ。  少しぐらいなら八つ当たりされてもしょうがないだろうと思ったのだ。 「マルセル、あなたは多分、犯人じゃない」 「どうして、急に」 「まあ、カッスルロッシュのお墨つきってことで」  あの、美しく、立派で、悠々としたドラゴンたちは、嘘や偽りなどという概念を持っていないように思える。 「リジー、ちょっといいかな」 「なに?」 「よそ者だからって犯人だって疑われてるのは嫌だ。自分の身の潔白を晴らすために協力させてくれないか?」 「本当? わー、やったー!」  やはりマルセルはいい人だ。そして自分の周りにはいない種類の人。  今までエリザベートの機嫌を取ろうとしてきた人たちはたくさんいた。機嫌を取りたい人は、出世や保身があるのだろう。あまり気にしていなかった、それが向こうの仕事だと思っていたから。  逆に、特別扱いはいけないと厳しく接してくれた人たちもいた。姉のシュザンヌはやさしく注意してくれてたし、お城の女官長にはよく怒られた。  厳しく接してくれた人たちに対して、幼いころは厳しくされることに納得いかなかった。  今では自分のためにあえて厳しくしてくれていたのだと分かるようになって、最近は感謝できるようになってきた。  けれど身分を隠した状態で、人にやさしくしてもらったことは今までなかった。  マルセルはこちらが王女だと知らないときも、とても親切にしてくれた。  刃物を向けても警吏に通報しなかったし、家まで送ってあげると言ってくれた。  ドラゴンも心の美しさを見抜いてマルセルになついているのだろう。  婚約者のアレクサンドル王子もこんないい人なのだろうか。
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