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一 始まり
緑の国ブルーテ王国には雲一つない青空が広がっている。
平和だけがとりえで、争いごととは無縁なこの小国は今日も穏やかな日になりそうである。
そんなブルーテ王国の、とある裏路地。
エリザベートはドキドキしながら、待っていた。もうすぐ来る。そしたら、いよいよ……。
彼に会ったら、なんて声をかけたらいいのだろう。誰かと一緒に現れたらどうしよう。
エリザベートの胸は高鳴る一方だった。
あまり特徴がないと言われる顔立ちだが、今は興奮して頬が少し朱に染まっている。長い茶色の髪は、よく手入れされているので、つやがある。ころころと変わる表情は、見る者を惹きつける。エリザベートはそんな少女であった。
とそのとき。
来た!
彼が姿を現した。一人だ。今しかない。
すうっとエリザベートは息を吸い込んだ。よし!
「動くな! 動いたら刺す。いや、騒いでも刺す」
エリザベートは大声を出した。緊迫した空気が辺りを包む。
エリザベートが護身用に持ってきた短剣を向けると、相手の男は息を呑んだ。
背はやや高く、細身だが筋肉質だ。顔立ちは整っているが、全体から醸し出ている柔らかさのほうが目を引く。
向けられた短剣は柄の部分には色とりどりの宝石が散りばめてあり、刃の感じも妙に丸っこく、どちらからというと装飾品だ。
手紙を開封するぐらいしか能がないんじゃないかとエリザベートはいつも思っていたが、男が驚いているところを見ると、刃物としての効果は充分にあるらしい。
「君は誰……?」
男はわけが分からないといった表情でこっちを見ている。
「私はエリザベート。あんた、私の宝石を盗んだでしょう? 答えなさい、マルセル!」
エリザベートの問いかけに、男はさらに戸惑った。
長い茶色の髪をいらだたしげに後ろに払い、エリザベートは髪と同じ茶色の瞳でマルセルを睨んだ。
エリザベートはどこにでもいる少女にしか見えなかった。
町の少女がよく身にまとっているシンプルなロングスカート姿。スカートの上にエプロンを重ねており、頭に布を巻いている。
普段着ている服は余計な装飾も多くて動きにくいけれど、今の服は動きやすくて走るのにちょうどいい。それにバタバタと走っても誰も怒らない。なんて自由なのだろう。
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