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「おととし、海の都シュトローム国を訪問したときは、ハーブで蒸された魚を食べたわ。あとヘヴンズフルーツのタルトも食べたし、ローズウォーターのジュースも飲んだわ」
何種類ものハーブとたくさんの果物で蒸された魚。塩はクリームのようにまろやかだった。
花の香りのオリーブオイルがたくさん使ってあった。オリーブオイルだけでも何種類もあるのだと説明された。フルーティーなもの、スパイシーなもの。それらを料理によって使い分けるのだという。
ヘヴンズフルーツは初めて食べた味だった。濃厚な甘さがくせになりそうだった。
ローズウォーターもとてもおいしかった。
エリザベートは軽い気持ちで言ったのだが、マルセルはたちまち不満そうな表情になった。
「ごちそうを食べてたんだ……おいしかった?」
「本場の料理だけど、今日はあんまりおいしくなかったわ……」
エリザベートのがっかりした表情を見ると、マルセルはそれ以上なにも言ってこなかった。
「とにかく。時間がないから急ぎましょうか。ええっと、今の時間だと警備は……」
エリザベートは喋りながら歩き始めた。
そのとき、背後からなにかが倒れるような音がした。
「マルセル……?」
振りむくと同時に、誰かにきつく腕をつかまれた。
「誰……」
聞こうとしたが半分以上は声にならなかった。
口元に布の感触を感じ、エリザベートの視界は完全に暗闇に包まれた。
五 誘拐
「まったくよく動き回る姫だな。子どものくせに生意気そうな顔だ」
「まだ十五歳だろ。お城の中でおとなしくしていればいいものを」
数人の話し声が耳に入ってくる。
エリザベートはぼんやりした意識の中で、誰かに自分の悪口を言われているのを感じた。
「この姫、他に武器は持っていないだろうな」
「ああ、この短剣だけだ。男のほうは完全に丸腰だった」
腰につけていた護身用の短剣は奪われてしまったらしい。あれはけっこう値打ち物だというのに。
「ところで、こっちの男のほうはどうする?」
「ああ、こいつならなにかと使い道があるだろう」
やっと目が開いた。ベッドに寝かされていたようだ。小さな小屋の一室らしい。
エリザベートは頑張って半身を起こした。
マルセルは手と足をしばられて床に転がされていた。気を失っているように見える。
エリザベートも少し記憶がない。口元に布を当てられたような……。
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