第1章

3/80
前へ
/80ページ
次へ
「どうして俺の名前を……まぁいいか、えっと、エリザベートさん? お金が欲しいなら……小銭くらいしかないけど全部あげるよ。だからおとなしく帰ってくれないかな?」  なだめるような口調に、エリザベートはかっとなった。 「なによ、宝石泥棒のくせに!」  本当に刺してやろうか、いや、口を割らせるのが先かとエリザベートが考えたとき。  かつんかつんとゆっくりとした足音が後ろから聞こえてきた。  エリザベートが振り返ると、おじいさんがこっちにむかって歩いてくる。  服装からすると、パン職人だろうか? 「配送員さん、お釣りまちがえてるよ」 「ちょっと、あのおじいさん、あんたの仲間じゃないでしょうね」  エリザベートが短剣を突きつけると、マルセルはため息をついた。 「そんなわけないだろう。頼むからあの人まで巻きこまないでくれよ」  パン屋のおじいさんは二人の切迫した空気には気づかないらしい。 「関係ない人を傷つけるつもりはないわ」 「分かった。話はあとで聞くから、路地の入口で待ってて、エリザベートさん」  エリザベートは納得いかなかったが、知らないおじいさんを巻きこみたくなかったので、マルセルの言葉に従い、短剣を鞘に納めた。  路地の入口には大きな生き物がいた。  エリザベートはじっと眺める。  大きな翼、輝く鱗に覆われた体。とても大きい生き物だ。そしてこちらを見ている瞳。  ドラゴンだった。  悠然とした姿は威厳がある。思っていたよりも大きく、そしてとても美しい。「配送中」と書かれた青い札を足につけている。  エリザベートは前から近くで見てみたいと思っていた。  近づいてドラゴンを見あげる。背中に生えた翼は否応なしに目立つ。  四つの足を地面につけると体高はこちらの身長ぐらいだろうか。  後ろ足で立ち上がるとかなり高そうだ。  鱗は一枚一枚が輝いている。目は鋭いが、同時に吸い込まれるほど綺麗でもある。  首輪に手綱、背中には鞍やベルトがつけられている。サイズはだいぶ違うが、乗り具を見ると馬具と変わらない。  首から大きなカゴを下げている。これで荷物を運ぶのだろうか。  エリザベートが側にきても、ドラゴンは目をつむっていた。  そうっと触ろうとすると、気配を察したのか、目を開けた。瞳孔が急に小さくなる。 「綺麗……」  エリザベートが触れるか触れないかまで手を伸ばしたとき。
/80ページ

最初のコメントを投稿しよう!

71人が本棚に入れています
本棚に追加