第1章

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 シュボッとドラゴンがエリザベートの反対方向へ小さく火を噴いた。  威嚇かもしれないが、エリザベートは仰天した。  エリザベートは腹が立ってきて、ドラゴンを睨んだ。再びドラゴンは目を閉じた。エリザベートがつついても目を開けない。  ドラゴンはエリザベートの態度に怒ってしまったようだ。  路地に目をやると、マルセルと老人が話している。マルセルはこちらのことが気になるらしく、ちらちらと見てくる。 「それにしても、お兄さんは働き者で、本当にいい人だね」 「いえ、そんなことはありませんよ」 「いまどき珍しいよ。年寄りにも親切だし、子どもにもやさしい。この間も産気づいた妊婦さんをおぶって走っていたしね。荷馬車から豚が集団脱走したときも、豚を追いかけていたしね」  パン屋のおじいさんとマルセルの会話によれば、マルセルはかなりのお人好しらしい。  そんな彼が宝石を盗むだろうか、エリザベートはそう考え始めていた。 「そういえば、あの子は配送員さんの恋人かい?」 「いえ……えっと、友達。そう、友達なんです」  マルセルは少し考えたが、何もなかったように答えた。エリザベートはほっと息をついた。 「そう。じゃあ友達同士、仲よくするんだよ」  そう言い残すと、おじいさんは帰っていった。  エリザベートはおじいさんの背中を見送りながら、朝のシャルロッテの占いの言葉をぼんやりと思い出していた。  エリザベートが出かける前に、シャルロッテが占いをすると言ってくれた。  シャルロッテは占いが大好きで、ことあるごとに、エリザベートを占ってくれる。  カードを取り出して、机の上に並べ始めた。カードを並べるたびに、シャルロッテの長い髪が揺れる。  シャルロッテはエリザベートと同じく茶色の髪と茶色の瞳をしており、背格好が同じなので、エリザベートに似ていた。  しかし、顔立ちはシャルロッテのほうがうんと整っている。  ぱっちりした大きな目と長いまつげ。すうっと通った鼻筋。透き通るような白い肌と細い手足。おっとりした喋りかたとおとなしい性格。すべてがエリザベートとは真逆だ。  エリザベートは水の入ったグラスを片手に、ぼんやりとカードの動きを見ていた。正直、シャルロッテほどは興味がない。  シャルロッテの占いの結果はこうであった。
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