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キャリーケースに手を掛け、四つん這いで部屋の中を歩いていく。
玄関に辿り着くと、厄島で自分が履いていた運動靴と並んで赤いパンプスが置かれていた。まるで、この部屋にさゆりが今も居るかのように。
直弘は「よかった」と小さく呟き、その場で再びうつ伏せに寝ころんだ。
生きて連れ帰れなかったのだから『よかった』で片付けられるはずないのに、直弘の心の中に悲しみが広がる事は無かった。
それは何故なのか考えようと目を閉じた瞬間、暗闇の中でゆかりとさゆりが並んでいた。
二人は、笑っていた。
「そっか……。うん……うん……」
納得したようにそう呟いた直弘は、さゆりの赤いパンプスに手を伸ばしたまま再び夢の中へ堕ちていく。
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