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「あ、あの……どうして……」
「三笠さんが剣淵くんのことを考えて上の空だったから、悔しくて……だってこれは僕と三笠さんのデートだから」
興奮と恥ずかしさでくらくらと視界が揺れる。体の力が抜けて、佳乃はへにゃりと床に座りこんだ。
「このキスで許してあげる。今日のデートはこれでおしまい」
赤らんだ顔を見られたくないかのように佳乃に背を向け、伊達は去っていく。
佳乃はというとその姿が遠ざかっても、しばらく立ち上がることができないでいた。
片思いしてきた人とのキス。それも相手から、だ。こんなにも喜ばしいことはない。先ほどの接触を信じられず、まだ手足が震えている。
だというのに、体の奥深くにあるものが凍てついている。佳乃の体を二つにわけて、興奮とは逆の感情を持ち合わせているかのように。
「わ、私……剣淵のところに、行く、のに」
凍てついた身が思い浮かべるのは伊達ではなく剣淵である。あの傷ついた姿を思い出して、いますぐ向かえと佳乃を急かすのだ。
好きな人とキスをして他の男に会いにいく。最低な人間だと佳乃も自覚している。だからこのキスを剣淵に知られたくなかった。ゆるゆると立ち上がる佳乃の顔はまだ熱く、まだ赤く染まっているのだろうと想像がつく。これから剣淵のところへ向かう間に、熱はおさまるだろうか。
向かう先は剣淵の家。手にした傘をさすことも忘れて、雨の中を駆けていく。
三笠佳乃の日曜日は、まだ終わらない。
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