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「ここからは……記憶もあやふやなんだけど、」
ある時。佳乃は伊達に誘われて、あけぼの山に探検に出かけた。山といってもそこまで高さはなく、階段や坂道をのぼりきれば町がよく見渡せる程度のこじんまりとしたもので、子供たちの遊び場でもあった。
その探検の帰り道で佳乃は転倒してしまったのだ。道を外れて斜面を転げ、怪我はなかったものの、子供一人では登れないところまで落ちてしまった。
そこで――はっきりとは覚えていないのだが、何かを見てしまったのだ。眩しい光、頭の奥に響く重たいもの。それは佳乃に手を伸ばし、それから鎖のように体を締めつける嫌な言葉を与えた。
『カワイソウに。お前は何も見ていないよ。何も見ていないんだから』
『カワイソウに。お前は嘘をついてはいけないよ。何も見ていないんだから』
何を見てしまったのかはわからない。だが、おそろしいものだと感じたことは覚えている。
このことを菜乃花や蘭香に話したことがある。だが嘘だと認識されて呪いが発動することはなかったため、やはり佳乃は何かを見てしまったのだろう。
この時から佳乃の呪いがはじまっていた。嘘をつけばキスをされてしまう日々が幕を開けたのだ。うっすらと覚えている何者かわからない声は、この呪いに関連しているのではないかと佳乃は考えている。
剣淵に話すべきか迷ったが、話してしまえば呪いを明かすことになってしまう。三度のキスがあるため呪いを明かす気になれず、この部分は語らなかった。
「探検して……ちょっと転んじゃって。動けなくて困って泣いていたら、伊達くんが助けにきてくれたの」
「あいつが? お前を助けにきたのか?」
「うん。『泣かないで』って言ってくれて……」
そこからも記憶があやふやである。伊達と会ったことは覚えているのだが、その後どうやって家に帰ったのかまではっきりと覚えていない。気がついた時には、高熱を出して寝込んでいた。
伊達と佳乃の関係についてだが、十一年前の夏はもう少し続く。
おばあちゃんから連絡が入ったのか、父が迎えにきて、それからは自宅で過ごすことになった。まもなく母も弟と共に家に帰ってきて、おばあちゃんの家に行くことはなかったのだが――
「……でもその夏の終わりに、おばあちゃんが亡くなっちゃったの」
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