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うっとりとしながら語る佳乃に、剣淵は顔をあげた。
「じゃあ俺なんか放っておいて、伊達と遊んでくりゃよかっただろ」
「それはできないよ!」
「殴られたヤツを置いて、殴ったヤツのとこにくるなんておかしな話だろ。まだ間に合う、伊達に連絡して戻れよ」
そう言いながらも、剣淵の顔は険しく、精彩を感じない。強面の外見はいつもと変わらないのに、この時ばかりは触れてしまえば崩れてしまうもろいガラスに似ていると思ったのだ。
佳乃は首を横に振る。もし間に合うとしても伊達に連絡をする気はなかった。いまは剣淵の方が心配で、気になってしまうから。
「確かに剣淵は伊達くんを殴ったのかもしれないけど。でも私には……剣淵の方が傷ついているように見えたの」
「……俺が?」
「うん。あんたは乱暴なやつだし、人のことは無視するし、制服を崩して着ているし、嫌なこともたくさんあったけど、」
言いだせばきりがないほど剣淵に関する思い出が頭を巡る。それらの思い出を繋ぎ合わせて答えに導いていく。深く息を吸い込んだ後、噛みしめるようにその答えを口にした。
「剣淵は、理由もなく人を殴る人じゃないと思う」
相当な理由があったから、剣淵は伊達を殴ったのではないだろうか。例え乱暴なやつだと言っても、椅子を蹴ったり机に足をのせたり、佳乃を壁に追いつめる程度で手を出したことはなかった。
それに合宿で話した時、確かめたいものがあると語っていた剣淵はまっすぐ前を見つめていた。自分を信じて、貫いていく強さ。それを持っている人が簡単に殴ったりするだろうか。
「勝手なことばかり言ってごめんね。でも、私は剣淵のことも信じているから」
「お前……」
「乱暴な人にみえるけど実は面倒見がよくて、何度も助けてくれた。なんだかんだいいヤツなのかもって、思っているんだ」
剣淵は目を丸くして、石のように固まっていた。表情のわずかな変化も感じられない。それが気まずくて、佳乃は次々と思い浮かぶままにしゃべり続ける。
「ほ、ほら! 剣淵と話してる時って、友達感覚っていうか……気が抜ける、って感じ? 伊達くんと一緒の時は緊張しちゃうけど剣淵の時は楽なの。だからいい友達に――」
いい友達になれると思っている。そう紡ごうとした言葉はインターホンの音によってかき消された。
瞬間、弾かれるような速さで剣淵が立ち上がる。
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