61人が本棚に入れています
本棚に追加
クローゼットに身をひそめながら、女性について考えてみる。女性は彼女ではないだろう。親しそうに話しているが、度々剣淵が放つ粗野な物言いを思えば友達という可能性も低いかもしれない。となれば、身内、だろうか。
そこではたと気づく。春に出会ってから今日までの間、剣淵と接して、こうして家にもあがっているのだが、実は剣淵のことをよく知らないのではないか。彼が一人暮らしをしていることや、オカルト趣味があることを知っていたため、菜乃花やクラスメイトたちよりも剣淵に詳しいと自負していた一面があったが、よく言われれば一人暮らしをしている理由も、家族構成もわかっていないのだ。
そうなると――不思議なことに好奇心がわいてくる。扉の向こうにいる剣淵が気になって仕方ない。
「ねえ、カナト。夏はどうするの?」
女性が言った。
いつの間にか二人は移動していて、扉の隙間から剣淵と女性らしきスカートとそこから伸びる足が見えるようになっていた。
「帰らねーよ。あんなとこ、いてたまるか」
「ここにいても、あたしは構わないけど。どうせ使っていない部屋だし」
不意に飛び交う剣淵の家族についての話に、聞いてはいけないと思いながらつい耳をそばだててしまう。
「でも。いい加減、兄貴に会ってあげたら? カナトと話がしたいって言ってたよ」
この会話で確信する。やはりこの女性は剣淵の家族だ。頭の上がらない様子をみるに、姉だろうか。
剣淵はあまりこの話をしたくないらしく、女性が部屋にきた時よりも機嫌を悪くしていた。隙間から覗く剣淵の眉間には深いしわがいくつも寄り集まっている。
「会わねーよ。んなヒマねえな」
「せめて電話ぐらい出ればいいのに。着信拒否なんて子供みたいなこと――――あら?」
そこでぴたりと女性の声が止まった。もしや気づかれたのか。佳乃は咄嗟に自らの口を塞ぎ、息を止める。覗き見ていることもいけない気がして、扉から身を離した。
「あー、そういうことね」
女性の声音は一転。急に明るく、陽気なものになる。
おそるおそる扉の隙間から覗いてみれば、女性の視線はテーブルに向けられているようだった。こちらからでは後ろ姿しかわからないのだが、薄紅色のマニキュアで彩られた爪がテーブルをこつこつと叩いている。
最初のコメントを投稿しよう!