61人が本棚に入れています
本棚に追加
剣淵は、怒りと照れで顔を赤くしながら、困ったように頭を掻きむしっている。
これ以上からかっても楽しくないと判断したのか、女性はすくりと立ち上がった。
「カナトにも嫌われたし、今日はこのぐらいにして帰ろうかな」
「頼むから早く帰ってくれ……余計なことしゃべんな」
「はいはい。いやね、年頃の男の子ってめんどくさーい」
そして二人は玄関へと歩いていく。もう隙間から二人の姿を覗き見ることはできず、佳乃は扉から離れて、安堵の息と共に肩の力を抜く。このまま帰るのだろう、と思っていた時だった。
「ところで……カノジョを家に連れ込むなら、まともな飲み物ぐらい用意しなさいよ」
再び聞こえてきた言葉に、佳乃の体がぴくりと跳ねて、そのまま固まる。
ここからはわからないが、きっと剣淵も言葉を失っているのではないか。続けて聞こえてきたのも女性の声だった。
「ごめんねぇ、弟がバカで。次はコーヒー用意しておくから」
今度は剣淵に対してではなく、佳乃に向けて言ったのだろう。部屋に響かせるように声を張り、剣淵へ向けたものとは異なる余所行きの口調で告げている。
この部屋に誰かがいると気づいているのだ。心臓が早鐘を打ち、佳乃は両手で口を塞いで気配を消そうとした。
最初のコメントを投稿しよう!