60人が本棚に入れています
本棚に追加
/344ページ
3話 呪われタヌキ、叫ぶ
佳乃、剣淵、伊達。昨日と同じ顔が揃った場は静まり返っていたが、それを打ち破ったのは剣淵だった。
「……チッ、めんどくせーな」
気が削がれたと、佳乃の耳元につきつけていた手がするりと離れていく。
解放されて逃げ出す佳乃だったが、昨日と違うのは恐怖心によって体が竦んでいたことだ。教室から走り逃げるような気力は残っておらず、剣淵から逃げるべく数歩ほど階段を下りたところでがくりと体が崩れ落ちた。
またしても伊達に見られてしまったのだ。呆けていた思考が動き出して状況把握に努めれば、絶望感がこみあげてくる。階段に座り込んで立ち上がれず、ただ泣くだけだった。
走り去ることができたなら伊達の失望する顔を見なくてもすむのに。剣淵が迫った恐怖が残っていて足が震えている。
「……これ、使って」
ふわり、と。俯いて涙をこぼす佳乃に近づいたのは甘い香りだった。バニラのように尾をひく甘さと大人びたムスクの香り。それは昨日借りたノートにもしみついていた好きな香り。
はっとして顔をあげると、伊達が佳乃の顔を覗きこんでいた。ハンカチを差し出す伊達は、普段に戻ったかのように穏やかに微笑んでいる。
「だ、伊達くん……その、」
最初のコメントを投稿しよう!