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とある昼時……。
一見廃墟に見えるとても小さな雑居ビルが、都会の片隅に建っている。
「本当にここなのか……?」
目の下にひどいクマをつけた青年は、疑いの目で雑居ビルを見上げる。
「……時間がないんだ。当てだって、ここしかないんだ……」
青年は自分に言い聞かせるように言うと、雑居ビルに足を踏み入れた。
「げっ……」
中に入ると青年はげんなりした。この雑居ビルは6階まであり、目的地は4階だというのに、エレベーターがないのだ。
この青年の名は、小坂透。とある仕事を頼みに、この雑居ビルへ来た。
透は舌打ちすると、幅の狭い階段を駆け上がった。
4階に着くと透は息を整え、唯一のドアの前に立った。
この小さな雑居ビルにはひとつの階に、ひと部屋と廊下しかないという、少々変わった造りをしている。
強いて言うなら男女別になっているトイレがあるくらいで、他にドアは見つからない。もしかしたらこのドアの向こうに他の部屋があるのかもしれないが、透にはどうでもよかった。
「ええっと、確か……」
透はノックの仕方を、頭の中で確認した。
(ノック4回、手のひら2回、だったな……)
透は少し緊張しながらもコンコンコンコン、と4回ノックすると、次は手のひらで2回、ドアを叩いた。
物音ひとつ立つことなく、いきなりドアが開いた。
「誰?」
黒のシルクハットに、ボロの黒コートを羽織った青年が出てきてぶっきらぼうに言う。
「依頼を……」
透はなんとかそれだけ言うと、まじまじと彼を見た。歳は透より2、3上に見える。
19世紀の英国にでもいそうないで立ちに、純日本人顔の奇妙なミスマッチだ。
「へぇ、そう」
英国青年はまたもやぶっきらぼうに言うと、踵を返して部屋の中を進む。
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