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ジョセフは主人が馬車の中で落ち着いたのを気配で察すると、軽やかに走り出した。
もちろんここは建物の中であるが、ジョセフは壁をすり抜けて走った。
外に出れば通行人や車などがあるが、ジョセフには関係ない。人も建物もすり抜けていく。
この馬車に気づく者など、ひとりもいない。
ジョセフは目的地に着くと、律儀にも主人が降りた先が出入口に位置するように止まった。
運び屋は馬車から降りると、ジョセフのたてがみを撫でてやる。
「すぐ戻るよ」
運び屋はジョセフにそう言って離れると、ホールに入った。
自動ドアが開かなくとも、運び屋にはどうでもいい。
ジョセフ同様、彼も人や建物をすり抜ける事ができるのだから。
「さて、と……。どこかな?」
運び屋はどこかウキウキしたような口調で言いながら、葬儀会場のプレートをひとつひとつ確認する。
「見ィつけた」
運び屋は美香の名前を見つけてニヤリと笑うと、会場に侵入した。
さすがお嬢様だけあって、何度も葬儀会場に侵入している運び屋でも、なかなか見ないほど豪華に飾り立てられている。
もっとも、会場は非常灯の明かりのみで薄暗くてよくは見えないのだが。
運び屋は棺桶の前に立つと、両手に意識を集中させる。
すると手だけが具現化したかのような状態になる。
監視カメラには彼の手のみが映っている。
運び屋は棺桶の蓋を開けると、念の為遺体の顔を確認する。
それは間違いなく美香だ。写真で見た時も美しいと思ったが、暗がりと死の静寂が彼女の美しさを引き立たせていた。
「迎えに来たよ、お姫様。……なんてね。君の王子様に頼まれて来たんだ」
運び屋は冗談めかして言うと、美香の遺体を抱き上げた。
両手への集中をやめると、運び屋の手も美香の遺体も、監視カメラから消える。
運び屋は陽気な足取りでホールから出ると、馬車に美香を乗せた。
「ジョセフ、帰ろう」
運び屋が声をかけると、ジョセフは再び軽やかに走り出した。
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