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源氏の武者のなかに名のある者がいて、姫を自分の側室にしたいという考えがあった。おとなしく現れでるなら命はとらないと宣言したんだ。
でも、それは姫にとって屈辱でしかなかった。父も母も幼い妹も、自分の目の前で死んだ。一族を滅ぼした仇に身をゆだねて命永らえるなんて、とても耐えられることではなかった。
何よりも、姫はお付きの武者と愛しあっていた。
それで、姫は仇の妾になるくらいなら、おまえの手で殺してほしいと、お付きの武者に願いでた」
「それで、お姫さまは、どうなったの?」
「死んだよ。お付きの者の手で。村人たちは、いっそう姫を哀れんで、ここに姫を祀った」
「かわいそう……」
きっと、そのお姫さまは、毎日、願っていただろう。
このまま追手に見つからず、愛する人と貧しくても末永く暮らしていきたいと。
ただ、それだけのことが叶わなかった。
どんなに悲しく、悔しかったことだろうか。
現代に生まれてさえいれば、ごくふつうの幸せでしかないのに。
涙が自然に流れていた。
愛莉は雅人とならんで、お社に手をあわせた。
なぜかはわからないが、そのとき、蝉しぐれがやわらいだ。耳に痛いような鳴き声が、優しいひびきに変わった気がした。
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