五章

5/12
前へ
/122ページ
次へ
神社には、とくに変なところはなかった。子どものころに来たときは、夏祭りで飾られていたから、少し記憶と違うような気もしたが、どこにでもある、落ちついたふんいき。 もちろん、死体の埋めてありそうな場所もない。 まあ、だからこそ、警察の捜査が、ここまで伸びてこないのだろう。 「とくに何かがあるわけじゃないね」 社のまわりをぐるりと歩いてみるものの、目をひくものはない。ただ、社の真うしろに、小さな塚のようなものがあった。 「ここが、空蝉姫の墓だって話だよ」と、雅人。 「そうなの」 愛莉のひざ下くらいしかない小さな塚だ。 ここに悲恋のお姫さまが眠ってるのかと考えて、見つめていると、むしょうにめまいがしてきた。 塚のまんなかに黒ずんだシミのようなものがあり、そこが、しだいに黒さを増してくるような……。 ジイジイと蝉の鳴き声か強くなる。 いや、何か別のざわめきのような? 黒いシミが渦をまいて、まわりだした。 その中心が透けてきて、景色が見える。 愛莉は雑木林のなかを一人でさまよっていた。 昼でも薄暗い、ご神木のあたり。 目の前に父が立っていた。 「愛莉。ひさしぶりだね」 「お父さん!」 「元気そうだ。よかった」 愛莉はかけより、思わず、父にすがりついていた。 こんなふうに抱きついていくなんて、何年ぶりだろうか? 小学生のとき以来だろうか。     
/122ページ

最初のコメントを投稿しよう!

65人が本棚に入れています
本棚に追加