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「お父さん。どこに行ってたの? なんで急にいなくなったの?」
「お父さんは自分の意思で、こうしたんだよ。長くないことを知っていたからね」
「……やっぱり、そうなの? お父さんは、死んだの?」
父はだまって、うなずく。だが、そのおもてには、ほほえみが浮かんでいる。
「おまえやお母さんには何も言わずに、すまなかったね。でも、言っても信じてもらえないだろうと思ったんだ」
「何を?」
「ずっと昔からの言い伝えがあってね」
「どんな言い伝え?」
愛莉は父の言葉を待った。
しかし、なんだろうか。
木々が妙にざわついてくる。
風が強い。
「……いけない。おまえのことに、やつらが気づいた」
父は愛莉の肩をつかんで、ひきはなした。
「帰りなさい。愛莉。ずっと、おまえを見守ってるからな」
「お父さん!」
父の気配が遠くなる。
入れ違いに、周囲に何かが集まりだした。
見まわすと、あの霊たちだ。林のなかに群れている亡者が、より集まってきていた。
声にならないような、かすれた声で、しきりに何かを訴えている。
「助けてくれ」
「解放して……」
「わたしの……返して……」
返せェ、返せェという声がかさなりあい、やがて津波のように襲いくる。
そして、そのむこうのどこか深遠に赤い色が見えた。
ゆっくりと近づいてくる。
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