五章

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赤い着物を着た、長い黒髪の……。 「姫! 姫! あなたさまを手にかけること、なにとぞ、ご容赦を!」 男の叫び声とともに、胸が焼けるように熱くなった。 目の前に血しぶきが舞った。 暗転。 暗闇のなかで身動きがとれない。 暗く、じめじめとした冷たいところ。 音も光もない世界。 これが死者の国か? いや、違う。経文が聞こえる。 あの声は、四郎だ。わたしの愛した人。わたしを殺した人。 そうか。ここは墓場のなかか。 四郎がわたしの菩提を弔っているのだ。 読経が終わると、すすり泣く声がした。 「姫。来世にて必ずや巡りあいましょうぞ」 来世? でも、わたしは、ここにいる。 四郎。わたしをここから出して。 今すぐ、あなたに会いたい。今すぐ……。 もう一度、ふれあいたい。 そのためには……が欲しい。新しい……が。 「愛莉!」 とつぜん、誰かの声で我に返った。 雅人だ。 雅人が心配そうな顔で、愛莉をのぞきこんでいる。 「愛莉。行こう。ここから離れよう」 「えっ? そ、そうね……」 ついさっきまでの記憶がない。 数分間だけ、心かここになかったかのようだ。 愛莉は雅人に手をひかれるまま、石段をおりていった。 神社が遠ざかると、急激に立ちくらみがした。疲労感が、どっと押しよせてくる。 石段をおりたところで、呼吸をととのえた。     
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