六章

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「平家のお姫さまが戦にやぶれて落ちのびてきたんでしょ? でも、追手に見つかって従者のお侍さんに死なせてもらった」 「うん。そうだ。神社の縁起にもある話だね。でも、その話には後日談があるんだよ」 「後日談?」 「そこからさきを知っとるのは、ここが村だったころから、この土地に住んでいた者だけだ。代々、親から子へ、口伝で伝えとったからね。よその土地のもんには、絶対にもらしちゃならん秘密だった」 死んだはずなのに、三十さいも若返って生きていた祖父から語られる伝説。 愛莉はその状況の異様さに緊張しながら、祖父の次の言葉を待った。 「空蝉姫さまは縁起では、従者に殺され、神社に祀られた。だが、じつは、そのあとすぐ、生き返ったんだ」 「生き返った?」 仮死状態だったということだろうか? 医学の発達していなかった当時なら、そんなこともあるかもしれないと、愛莉は考えた。 だが、祖父の話は、そうではなかった。 「空蝉姫さまが亡くなってまもなく、村の娘が急な病で死んだ。 家の者たちが娘の死にめを看取っていたんだが、そのとき、青く光る蝉が、死んだ娘の体に入るところを見た。 すると、息をひきとったばかりの死体が急に起きあがり、『わたしは空蝉姫です』と言ったそうだ。 青い蝉は、空蝉姫の魂魄(こんぱく)だったんだな」     
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