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つまり、死体に空蝉姫の魂が宿って、生き返ったということか。
「そんなこと……」
言いかけて、愛莉は口をつぐんだ。
そんなことも何も、目の前には、ありえない状態の祖父がいる。
「もしかして、おじいちゃんも……?」
祖父はゆっくり、うなずいた。
「移し身だ」
「移し身……」
「お姫さまの名前が空蝉だったせいなのか、もともと不思議な力を持つ姫だったせいなのかはわからん。あるいは、現世に帰りたいと願う姫の強い想いがあったのかもしれんのう」
愛莉は思いだしていた。
神社の塚の前で、記憶がなくなっていたあいだのこと。
あのときの記憶は完全に失われたわけではない。記憶の底には、ひっそりと残っていた。
ふと、それが水底の泡のように浮かんでくる。
会いたいと願った空蝉姫の恋心。
この人と幸せに生きたいという、ただそれだけの願い。
「じゃあ、生き返って、お姫さまは従者の男の人と幸せになったの?」
祖父は首をふった。
「そのときにはもう、従者は姫のあとを追って、みずから命を絶っとったそうだ」
そうか。せっかく蘇ったのに、愛しい人は、すでにいなかったのか。それは、あまりにも悲しい。
「だが、姫のことは村人が大切にした。平穏な生涯を送ったあと、姫さまは感謝の印に、村人と約束をした。
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