六章

3/15
前へ
/122ページ
次へ
つまり、死体に空蝉姫の魂が宿って、生き返ったということか。 「そんなこと……」 言いかけて、愛莉は口をつぐんだ。 そんなことも何も、目の前には、ありえない状態の祖父がいる。 「もしかして、おじいちゃんも……?」 祖父はゆっくり、うなずいた。 「移し身だ」 「移し身……」 「お姫さまの名前が空蝉だったせいなのか、もともと不思議な力を持つ姫だったせいなのかはわからん。あるいは、現世に帰りたいと願う姫の強い想いがあったのかもしれんのう」 愛莉は思いだしていた。 神社の塚の前で、記憶がなくなっていたあいだのこと。 あのときの記憶は完全に失われたわけではない。記憶の底には、ひっそりと残っていた。 ふと、それが水底の泡のように浮かんでくる。 会いたいと願った空蝉姫の恋心。 この人と幸せに生きたいという、ただそれだけの願い。 「じゃあ、生き返って、お姫さまは従者の男の人と幸せになったの?」 祖父は首をふった。 「そのときにはもう、従者は姫のあとを追って、みずから命を絶っとったそうだ」 そうか。せっかく蘇ったのに、愛しい人は、すでにいなかったのか。それは、あまりにも悲しい。 「だが、姫のことは村人が大切にした。平穏な生涯を送ったあと、姫さまは感謝の印に、村人と約束をした。     
/122ページ

最初のコメントを投稿しよう!

65人が本棚に入れています
本棚に追加