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「……なに?」
焦った。一瞬、泣き出したと思った。
でも実際は、大きく見開いた瞳から大粒の涙が音もたてずにポロポロと次々頬を伝っていくような、そういう幻を俺が勝手に見ただけだった。
「あのさぁ……えーと」
彼女は泣いていない。
それなのに、この気まずさはなんだろう。
「ありがとう、久住君」
「はい?」
「食べてくれて」
長く瞬きをし忘れた瞳は揺れるほどに潤んでいて、その言葉を合図みたいにして、神崎さんはゆっくりと目を伏せた。
「えーと、盗み食いして感謝されても……」
気まずくて意味もなく首の後ろを掻いてみた。
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