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「――――うん。
ここにする」
そう呟くと、北風さんは目だけで笑った。
そのつめたいガラスのマントが、ひるがえる。
「おいおい坊っちゃん! 私に何の相談もなしに!」
落ちるぼくを、いけすかない鴉があわてて追ってきた。
耳元の風がふるえる。
「良い旅を」
北風さんの声だった。ぼくらがうまれて、育って、まるまると顔を出して、みんなでおっかさんの身体にまとわりついていたときから、「今年もいい子らが育ったなぁ」と可愛がってくれた。ぼくらは何度も何度も甘えては、ゆらゆらと揺らしてもらって笑い転げたものだった。
その北風さんも、もういない。あとには冴え冴えと高く青い空と、おっかさんの髪のように黄金にかがやくお日様。
「坊っちゃん!」
…と、一番賢くて、形が良くて、いけすかない鴉。
「なあおまえ。ぼくもおまえと同じように空を飛んだよ。すこしだけだったけれど、とてもよいきもちだった。鴉というのはいいなあ。ぼくはもう、二度と空を飛ぶことがない。おまえみたいに、よく飛ぶ、よい鴉が、落ちるぼくを見ても、楽しいことなどないだろう」
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