1つの星

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1つの星

「森」の中の頭上を覆う葉や枝の隙間から、紺碧(こんぺき)色の空に輝く星々が覗いていました。 とくに、東方の隙間から覗く、ベガがひときわ目立って輝いています。 今夜は、再び、新月でした。 月明かりのない夜空は、いつもよりたくさんの星が散りばめられています。 先月、純子と初めて見たあの純白の花と、この紺碧色の夜に、再びめぐり会えると思い、胸が高鳴りました。 この「森」は、どうやら竹のほかは、広葉樹の森ようでした。 けもの道のような細い路が1本あるだけで、あとは雑草に覆われています。 暗闇の中、短い雑草を踏みしめながら歩き進めると、ようやく目の前が開けました。 「隠遁者(いんとんしゃ)」のトタン屋根の古い木造平屋建てと、東隣のトタン屋根のやはり古い木造の物置が、静かに佇んでいます。 主屋は、茶の間と縁側にカーテンが引かれ、真っ暗です。 縁側の軒下の、3つ並べられたうちの右端の鉢に、(ほの)かに1輪の純白の花が咲いていました。 純子と見た、夜にだけ咲くあの花です。 近づくと、甘く強い香りがしました。 真ん中に大きく飛び出した雌しべがあり、白い大きな花びらが重なりあって開いていました。 東隣の古い木造の物置の広い下屋には、白く痩せた犬が伏せていました。 こちらをじっと睨んでいます。 しかし、それは警戒心のない優しげな眼差しでした。 ゆっくり近づき、犬の傍に置かれた2つのステンレス製の器を確認しました。 そのうち1つに、主屋の玄関脇にある蛇口から水を注いで、なおも伏せたままの犬の口もとへ置きました。 すると、白い痩せた犬は、ようやく立ち上がり、ステンレス製の器の水を、舌で送り込むようにゆっくり飲み始めました。 もう1つの空のステンレス製の器には、プラスチックの容器に入れて持参した、味噌汁と白米を混ぜたご飯を、たっぷり入れました。 白い痩せた犬は、これも慌てず、ゆっくり食べ始めました。 また、近くには、段ボール箱の中で2匹の三毛猫のような子猫が、抱き合うようにして(かす)かな寝息を立てていました。 細かくした食パンと、小さな焼き魚を2匹段ボール箱の隙間に置きました。 仔猫がどのようなものを食べてくれるか見当もつかなかったで、とりあえず試してみることにしました。 白い痩せた犬は、ステンレス製の器を空にすると、再び、伏せて目蓋を閉じました。
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