亡き王女のためのパヴァーヌ

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亡き王女のためのパヴァーヌ

「森」の樹々の間の、けもの道のような細い路を、雑草を踏みながら歩いていました。 (わず)かに霊香(れいきょう)な草の匂いが漂っています。 頭上の樹々の隙間から、月の明かりを感じました。 すると、(かす)かにピアノの音が聴こえて来ました。 歩むにつれて、徐々に明確になって来ます。 どこかかなしい曲でした。 「隠遁者(いんとんしゃ)」の赤く錆びたトタン屋根が、満月の光に(さら)されていました。 古い木造平屋建ての縁側の方から、ピアノの音が聴こえて来ます。 クラッシックの曲のようでした。 Ravel(ラヴェル)だわ 純子は、黒いキャップに、グレーのパーカー、デニムの半ズボンでした。 黒いキャップの下の、長い睫毛に二重瞼が、西洋人形のようです。 どことなく唇も潤っています。 満月の仄かな光が、さらに彼女を神秘的に魅せていました。 Ravel? 有名な作曲家 この曲は確か 「亡き王女のためのパヴァーヌ」 「隠遁者」が弾いているの? おそらく 月の明かりに照らされた、縁側の軒下に、1mほどの背丈の茎葉(けいよう)の鉢が3つ置かれたままです。 終わりかけた夏の新月、夜の間だけ純白の花びらを拡げていました。 朝陽を見ることなく、(しぼ)んでしまう(はかな)い白い花。 私たちは、庭の隅で、佇んだままピアノの音色を聴き続けました。 それは、繊細な美しくかなしい曲でした。 まるで、あの儚い純白の花のことを、(かな)でているかのように… やがて、曲が終わりました。 一時(いっとき)沈黙が、あたりを包みます。 月明かりが及ばない東隣の木造平屋建ての物置の下屋には、痩せた白い犬が伏せています。 私たちは、そっと近づきました。 傍には、いつも通りステンレス製の器が2つ置かれていました。 1つには、水が半分ほど満たされていましたが、もう1つは空でした。 ご飯どうしよう? おそらく もう食べたあとよ 近くの段ボール箱を覗きました。 小さな三毛猫のような2匹の仔猫が、柔らかそうなタオルの上で、寄り添って寝息を立てています。 そっと、立ち去ろとしました。 なるべく、足音をさせずにそっと… すると再び、ピアノの音色が聴こえて来ました。 Ravelの同じ曲でした。 この曲が好きなのかな? おそらく
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